時間を手渡す酒──ZAKIMIが内包する風土と熟成 後編

時間を手渡す酒──ZAKIMIが内包する風土と熟成 後編

時を重ねることで味わいと価値を深めてきた古酒の思想を中心に据えたブランド「ZAKIMI」。その魅力と可能性について、開発パートナーであるデザイナー原研哉氏と、ウイスキー専門家の土屋守氏に語っていただいた対談インタビュー、後編です。

前編はこちらから。

テロワールを、どう解釈するか

──30年古酒を「台風」と名付けた理由はどのようなものがあるのでしょうか。

原: 八重山という土地、風土を考えたときに「台風の通り道であること」はどうしても外せないと思いました。「石垣」島という名にもあるように、台風から家を守るために石を積んだ家屋や集落が島の中にたくさんある。台風が島の水の循環を大きく揺り動かし、豊かな雨をもたらす。その水が山に蓄えられ、やがて仕込み水になっていく。そう考えると、台風そのものが、この土地の物語の中心にあってもいいのではないかと思ったんですね。

八重泉さんは普段、水神様の霊地として名高い於茂登岳(おもとだけ)の中腹から湧き出る、ナルンガーラの水を使って仕込んでいます。ただ、台風のときはどうしても水が濁ってしまい、使えなくなる。そこで、台風の雨水を溜めて、きちんと浄化したうえで割り水に使う、という方法を取ってもらいました。古酒は、55度から56度ほどのアルコール度数があります。そこから割り水をして、ちょうどいい度数に仕上げていく。つまり、割り水そのものが酒の一部になる。だったら、その割り水に、その年に来た一番大きな台風の雨水を使ってみようと考えたんです。そうすると、ネックラベルに「2022 台風16号」という表記が入ってくる。ヴィンテージの年数だけでなく、その年にこの島を通り過ぎた台風の記憶が、ボトルに刻まれるわけです。きっと、ラベルを見た飲み手から「これは何なんだ?」と聞かれると思います。でも、そこから台風の話ができる。その年の出来事や、この土地の環境について話が広がっていく。それ自体が一つの物語になるのではないかと思い、「台風」というお酒を30年古酒で作ったのです。

土屋: 興味深いですね。ウイスキーの場合、割り水に使う水は、基本的に蒸留した水(蒸留水)なのです。仕込みの段階では仕込み水を使います。ですが、最終的に熟成を終え、ボトリングする際に、43度前後の度数に調整するための加水では、蒸留水を使います。水の個性を、そこには持ち込まない。これが、ウイスキーづくりの一つのルールなんですね。実は、オーストラリア・タスマニア島に雨水を使っているウイスキーの蒸留所があります。仕込みに雨水を使っていて、それを「テロワールだ」と言っている。ただ、ウイスキーを専門にしている身からすると正直、その水にどこまでのテロワールがあるだろうかと考える部分があります。それは前述した通り、ウイスキーにおいて重要なファクターはやはり樽であり、熟成環境にあるからだと思うんです。そういった視点から見ると泡盛という酒はやはり世界的に見てもかなり特異的な存在です。蒸留酒でありながらも、ステンレスタンクや甕(かめ)に入れていても熟成していく。つまり、酒そのものが、自らを変容させていく力を持っている。こうした熟成のあり方は、他の蒸留酒では、あまり例がありません。

また、石垣島や波照間島、与那国島には、戦前から受け継がれてきた泡盛の蒸留法の一つである「地釜蒸留」が、現在も残っています。この製法は、すでに沖縄本島には残っておらず、これら以外の離島にも見られません。石垣島には現在6つの泡盛蔵がありますが、そのすべてが地釜蒸留を行っています。これは本当の意味で、泡盛の原型に最も近い製法だと言えるでしょう。首里でつくられていた昔の泡盛も、写真資料を見る限り、ほぼ同じ地釜蒸留でした。当時はタイ米ではなかったと考えられますが、米を原料に黒麹を使ってつくられていた点は共通しています。つまり泡盛は、東洋における伝統的な米の蒸留酒であり、九州地方や他地域の焼酎とは明確に一線を画した存在。だからこそ、泡盛には「古酒」という独自の文化が生まれたのだと思います。

八重泉酒造の地釜蒸留器は、酒造独自の手作り。釜が銅でできており、周りを土で固めている。現代表・座喜味盛行さんの祖父が考案し、作り上げたもので、現在も稼働している。

時間を紡ぐ、その先に

────70年を経た八重泉酒造と向き合う中で、泡盛を100年先へどうつないでいくと考えていますか。

土屋:70周年記念プロジェクトにお声かけいただいた際、テロワールという文脈で泡盛の未来を考えるのであれば、原料である米を見直す必要があると感じました。現在、泡盛はほぼ100%輸入のタイ米を使っていますが、これは戦後の事情によるものであり、価格面でも安定して調達できるという利点があります。ですが、本当に土地の風土を酒に反映し、付加価値を与えていくのであれば、沖縄でインディカ米※¹を栽培すべきだと思っています。実際、農林水産省も、気候変動や収量の観点から国産インディカ米の栽培を奨励してきました。特に、伊平屋島、伊是名島、沖縄本島、そして石垣島で試験的に栽培している米が「北陸193号」※²です。僕はそれらすべての産地を見てきましたが、最も適地なのは石垣島でした。

石垣島は、沖縄の中でも珍しく、水田耕作が安定して行える土地です。食用米では「ひとめぼれ」を栽培していますが、台風を避けるために6月までには収穫を終え、その後、裏作として7月頃インディカ米を植えます。しかも直蒔きではなく、再び水を張って田植えをする。インディカ米の栽培にここまで手間をかけている土地は、世界的にもめずらしい。インドやタイでは直蒔きで年に3回収穫できるのが一般的で、まったく異なるやり方です。

※¹ インディカ米は、主に熱帯・亜熱帯地域で栽培される長粒種の米で、タイ米やバスマティ米などが代表的。高温多湿な気候条件下でも比較的安定した収量が見込まれることから、沖縄のような亜熱帯地域の気候風土と親和性が高いとされている。

※² 北陸193号は、農林水産省の研究機関により開発された国産インディカ系品種。 多収性と高温耐性を持ち、飼料用・加工用を含めた新たな用途開発を目的として、近年、沖縄県内でも試験栽培が進められている。

だからこそ、八重泉さんの70周年のプロジェクトでは、石垣島のインディカ米を使い、地釜で蒸留し、さらに石垣島の木を使った樽で熟成させたいと考えました。この組み合わせが実現すれば、世界中の誰も知らない熟成酒、古酒を作ることができる可能性がある。そして、ここで大切なことは、その答えはすぐには出ない、ということです。

こうした「時間をかける」という構想は、もちろんウイスキーの世界でも同じです。私が現在関わっている「Cask & Forest」では、テロワールを原料だけでなく、熟成の視点、つまり樽から捉え直そうとしています。ウイスキーの風味は多くが樽の影響を受けていますが、樽の検証には最低でも5〜6年、場合によっては10年という時間が必要になります。しかも、天然の木材から作られる樽は、一つとして同じものがありません。だからこそ、知見を積み上げていくには、どうしても長い時間がかかる。もしかしたら、その全貌は未来永劫、分からないままかもしれない。そういう世界なのだと思います。

原: デザインをするときに思うことは、できるだけ流行から離れたいということなのです。デザインの世界にもトレンドがある。だけど、酒というのは、流行の中を生きるのではなく、歴史の中を生きるもの。だからこそ、つくってから10年が経っても顔つきが変わらない、むしろ時間の中で熟成していくような佇まいのものがいいと思っています。八重泉さんのタンクの中には今も酒が時を重ねていて、もう次の「台風」の酒が25年熟成で、後5年ほどでリリースできるかもしれない。そのくらいの時間感覚で酒と向き合うほうが、自然なのではないかと思っています。急いでも仕方がない。いつか世界の人たちがそういう酒を求めたときに、ちゃんと準備ができているかどうか。そのための時間を今、静かに積み重ねているのだと思います。

日本の酒の「顔」と、見えない時間

──ZAKIMIが、時間を超えて残っていく酒であるために、何を大切にしていくべきでしょうか。

原:やはり、日本に元来あった酒、長い歴史を持つ酒には、それにふさわしい、しっかりとした「顔つき」が必要だと思うんです。ワールドワイドなバーというのは、本来、世界の縮図のような場所であるべきだと思っています。ウイスキーやラム、テキーラが棚に並ぶ中で、東アジアの顔つきを持った酒が、その一隅をきちんと占めている必要がある。

ZAKIMIのデザインを考えたとき、日本の「書」というのがひときわ映えるのではないかと思ったのです。これは直感に近い判断でした。書家の鎌村和貴さんは、端正な書も書く一方で、とてもアバンギャルドな表現もする。その振れ幅が、ZAKIMIに合うと感じました。お酒というのは、半分は舌の上で味わうものですが、もう半分はイマジネーションの中で飲まれるものだと思っています。ですから、この酒はどんな風土から生まれたのか、どんな歴史を背負っているのかを想像しながら飲む。そんなところに、酒の醍醐味があるのではないかと思うのです。デザインがお手伝いできるのは、そのイマジネーションの領域なのではないかと思っています。

土屋: 酒の魅力を伝えるとき、ストーリー性はすごく重要だと思っています。長くウイスキーに関わってきましたが、消費者に印象を残し、飲んでみたいと思わせる酒には、やはりその背後に、きちんとした物語がある。そこを抜きにして、味だけを語る酒は、正直なところ、僕らとしてはなかなか信じきれません。ZAKIMIのデザインを初めて見たとき、「なんだ、これは?」という率直な驚きがありました。けれど、話を聞いていくうちに、この酒の背後には、時間をかけて語るに値するだけの物語があることがわかってきた。そのとき、「これは飲んでみたい」と、自然に思ったんです。

泡盛には、黒麹という他の文化圏にはない麹が使われていることが、ひとつのアイデンティティになっています。ただ実際には、黒麹だけでなく、ほかの微生物も確実に存在している。そうしたものが、人間にはまだはっきりと分からない形で作用しているんです。だからこそ、原さんが前述していたような、魔物が住んでいるような魅力が泡盛にはあるのだと思います。

原: 本当にそうですね。実際、酒の中に無数の微生物がいて、それぞれが微妙に影響し合っている。まだ解析されていない要素は、おそらくたくさんあると思います。だからこそ、酒は、すべてを説明しきれなくていい。むしろ、説明しきれない部分を含んだまま、想像力と一緒に受け取られていく。その余白こそが、時間を超えて残っていく酒の条件なのではないでしょうか。

ZAKIMIは今も酒蔵の中で静かに時間を重ね、
世界の多くの人に味わってもらう時を待ち望んでいます。

現在、八重泉酒造70周年記念プロジェクトの一環で、土屋守氏が多くの樽材からセレクトした石垣島産の栗の木の樽で泡盛を熟成しています。数年後、古酒としてその姿を現す日が、今から楽しみです。

また、「石垣島産ウイスキー」の開発も昨年末より動き始めています。島の素材を使った、風土を反映したウイスキー。どのようなお酒になるのか注目です。

酒における熟成というものの価値を考えたとき、
「時間」は欠かせない概念です。
そんな時間に対するお二人の考えに触れたことで、
これから味わう熟成酒の捉え方も、きっと変わってくるのではないでしょうか。
グラスの向こうにある時間や風土に思いを巡らせながら、一杯を味わう。
ぜひ、そんな時間を過ごしてみてください。

取材・文:大島 有貴
取材撮影:古賀 親宗
メイン・商品写真:関口 尚志
現地写真:岡庭 璃子
撮影協力:日本デザインセンター
企画・プロデュース:株式会社Tanjun

八重泉30度600ml 70周年記念ラベル

八重泉30度600ml 70周年記念ラベル