時間を手渡す酒──ZAKIMIが内包する風土と熟成 前編

沖縄の泡盛を語る上で欠かせない「古酒(クース)」。
琉球王国時代末期、この島の古酒はすでに、
海の向こうから来た異国の客を迎えるための酒だった。
時を重ねることで味わいと価値を深めてきた古酒の思想を中心に据えたブランド「ZAKIMI」。その魅力と可能性について、開発パートナーであるデザイナー原研哉氏と、ウイスキー専門家の土屋守氏に語っていただいた。
原 研哉⽒(写真左)
⽇本デザインセンター代表取締役社⻑、武蔵野美術⼤学教授。2002年より無印良品のアートディレクターを務めるほか、松屋銀座、森ビル、蔦屋書店、GINZA
SIX、MIKIMOTO、ヤマト運輸のVIデザインなどを⼿がける。2019年より⽇本の⾵⼟を未来資源として活⽤するプロジェクトを展開。2022年には⼋重泉酒造の⾼級泡盛「ZAKIMI」において、ボトルデザインおよびプロデュースを担当。
⼟屋 守⽒(写真右)
ウイスキー文化研究所代表。長年にわたり日本のウイスキー文化の普及と発展に尽力し、世界最大級の蒸留酒品評会「Tokyo Whisky
& Spirits Competition(TWSC)」を主宰。
その深い知見と影響力は国内外で高く評価され、著書執筆、講演、審査活動など幅広い分野で活躍している。八重泉酒造創業70周年記念プロジェクトに参画し、これからの時代に向けた新たな泡盛古酒づくりを共に構想・プロデュースする。
かたちの前に、何があったのか
──ZAKIMIのデザインに取りかかるとき、最初に向き合った問いは何だったのでしょうか。
原研哉氏(以下、原): 八重泉さんから「大切に育ててきた古酒が樽にたくさん眠っている。これを飲み手の人たちへどうにか届けられないか。」とご相談いただいたことが始まりでした。面白いと思いましたね。そこで実際に30年熟成の古酒を飲ませていただくと、とてもいい味わいだと感じました。
今の泡盛の市場について考えると、多くが県内で消費され、競争も激しく、結果として低価格帯の商品が中心となっています。これは日本のお酒全体に言えることではありますが、晩酌や大衆酒場で酒盛りをするような庶民の酒であることが前提として市場があったわけだけども、そういった市場は縮小傾向にあるのが現状です。一方で、世界では日本に強い関心を寄せて訪れる人が、近年とても増えています。東京はパリよりも多くのミシュラン三つ星を擁していますし、その中でもやはり、和食への関心が非常に高いわけですが、そういった場面で日本酒、あるいは日本の酒が合わないはずがない。それにもかかわらず、そこに低価格帯の酒しか選択肢がない状況は、日本の酒に高価格帯の市場が存在していないことに等しい。その存在していない空白の部分を、どうやって泡盛でつくっていくか。そう考えたとき、熟成の時間を経た「古酒」に対する価値を、きちんと位置付けるお酒が必要だと思ったのです。
左から8年古酒の「ゆく」、10年古酒と10年樽貯蔵酒をブレンドした「顔」、30年古酒の「台風」。ラベルには書家の鎌村和貴氏による書を大きく配し、石垣島の風土を体現している。
土屋守氏(以下、土屋): 泡盛は、僕らウイスキーの世界から見ますと少し特殊なお酒です。焼酎、泡盛、日本酒もそうですが、東洋の酒は、麹で糖化(原料を糖に変え、次の発酵に備える)させます。一方で、西洋の酒であるウイスキー、つまりメソポタミア周辺から西に伝わったものは、糖化を麦芽の酵素で行うので、全く系譜が違うお酒なのです。
その中でも、沖縄、琉球の泡盛は、世界の酒マッピングの中でいうと少し特殊な位置にあると思っています。それは、非常に強いクエン酸を出すことで、高温多湿の環境でも雑菌に負けない麹、黒麹を使っている点から来ていると思っています。沖縄土着の黒麹を使い、現在は輸入に頼っていますが、タイ米を原料にしていることにアイデンティティがある。残念ながら、第二次大戦中に破壊されてしまった泡盛に関する技術、古酒がたくさんあります。これらがもし破壊されず、仮に琉球王朝がそのまま続いて、伝統が生きていたとするならば、今の泡盛とは、また違った姿になっていた可能性もあると思っています。
原: やはり僕は、東アジアの文化圏の中からどんな酒が生まれ得るのか、ということに注目しています。スコットランドのウイスキーに代表される西洋の酒が、非常に完成度の高い、素晴らしい酒であることはよく理解をしています。ただ一方で、蒸留という技術がメソポタミア周辺で生まれ、長い時間をかけて東へと伝わってきた時、日本列島に最初に入ってきた場所が、八重山諸島を含む沖縄、南西諸島だったという事実はとても重要だと思うのです。そう考えると、泡盛は日本の蒸留酒文化の中でも、とても重要な出発点に位置づけられる存在だと思うのです。
時間を閉じ込める、という感覚
──蒸留酒は、どのような魅力や時間を内包する酒なのでしょうか。
原: 蒸留酒の魅力を考えるとき、僕はまず、その佇まいや空気感を連想します。20歳の頃、バックパックを背負ってヨーロッパを周遊し、その足でパキスタンやインドをまわる旅をしました。当時は、バウハウスに代表されるモダニズムデザインについて学んでいた時期でもありました。ところが、現地で酒屋に行くとですね、モダンデザインとはまるで逆行する世界があるんです。酒瓶の口をしたたるような赤い封蝋で留めて、その上には呪文のようなものを書いた紙を針金で巻き付けて、ラベルは火で焦がし、文字はフォントなんてものではなく、細かな手書き文字が様々に混在している。デザインというよりも、呪術の世界でした。それが一部の特異な酒ではなく、多くの蒸留酒に共通する表現なのです。僕はそんな酒の世界に感動し、強く惹かれました。
この呪術性ともいえる魅力は蒸留という技術が、メソポタミアに端を発する錬金術の世界で育まれてきたことと無関係ではないように思います。すでに醸造して酒になっているものをさらに蒸留すると、非常に強く人を惹きつける魔的なものが生まれた、そういうニュアンスですか。良くないもの、怖いものが入っているかもしれないという、畏怖の念。これくらい入念に封印をしないと、何か魔的なものが外に出てきてしまうような空気感を感じたんですね。それ以来、蒸留酒に対して、どこか「畏れ」や「儀式性」のようなものが感じられないと、物足りなさを覚えるようになりました。
土屋: 「魔的」という表現、面白いですね。味わいの話に引き寄せて考えると、ウイスキーの場合、その風味は樽の影響が非常に大きい。人によっては、ウイスキーの味わいの6割、7割は樽と熟成環境によるものだと言いますし、中には9割以上がそうだと考える人もいます。いずれにしても、樽とウイスキーがそこで過ごす時間が、味わいを大きく決定づけているのは間違いありません。
ただ、泡盛は少し違うんです。特筆すべきなのは、泡盛には「各家庭で古酒を育てる」という文化があること。これは世界の酒を見渡しても、ほとんど例がありません。いわゆる一般的な泡盛を家の中に置いておくと、年数を重ねるうちに、いつの間にか古酒になっていく。途中で甕(かめ)を開け、酒を継ぎ足しながら育てていく。各家庭や飲食店が、それぞれの時間を重ねながら酒と向き合う。この「仕次ぎ」という文化は、世界の蒸留酒文化を見渡してもほとんど例がなく、泡盛ならではのものだと思います。
取材・文:大島 有貴
取材撮影:古賀 親宗
商品写真:関口 尚志
現地写真:岡庭 璃子
撮影協力:日本デザインセンター
参考文献:荻尾 俊章,泡盛をめぐる沖縄の酒文化誌,ボーダーインク,2022
企画・プロデュース:株式会社Tanjun